「お褒めの言葉」文化がもっと発展すればいいのにという話

こんにちは、ジュリー下戸です。

わたしは現在、都内の某百貨店で派遣社員として、毎日お客様の応対をしています。

転職した経緯は↑の記事で詳しく書きました。

気配りとか臨機応変さとか、正しい日本語、明るい声、笑顔の求められる仕事です。やっていないと目に付くけれど、やって当然とされているので、褒められることはほとんどありません。特にクレームがなければ、滞りなく仕事ができていると判断し、その代わり褒められないからといって「自分は評価されていない」としょげることもありません。

でも、時々、本当に時々、そんな「当たり前」を褒めてくれるお客様が現れます。

「お褒めの言葉」がもたらすもの

ある朝、上司が上機嫌でわたしに1通の紙を見せてくれました。ごく短いメールをプリントしたものですが、そこには我々の部署の接客が「みなさんとても感じが良くて、いいですね」という、お客様からの「お褒めの言葉」が書かれていました。
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もう、職場はお祭り騒ぎです。どれくらいはしゃいだのかというと「"お褒め"だ~!!」と大喜びしながら、お祝いにとデパ地下で美味しいロールケーキを買ってきて、みんなで食べたくらいです。また、別室で仕事をしている統括までが我々の部屋を訪れ「すごいじゃないの!!」とニコニコ労っていったくらいです。

「感じが良い」という褒め言葉は、わたしたちが「やらなければいけないことをちゃんとやれている」という証拠にもなりました。わたしたちは、お客さんに気分よく居てもらうために仕事をしているわけで、それができないと"クレーム(理不尽であろうとなかろうと)"という形でフィードバックされます。でも、なかなかどうして、ポジティブなフィードバックは来ないものです。

だからこそ、破壊力(良い意味で)がすごい。
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どんなに短い褒め言葉でも、この言葉を届けるための手間(スマホなりPCなどを用意する/百貨店のサイトへ行く/問い合わせフォームに入力する/送信ボタンを押す)をかけてまで、わたしたちを褒めようと思ってくれた、その心遣いが嬉しい

SNSに書き込むのではなく、口コミサイトでもなく、お問い合わせフォームやお問い合わせハガキ、カスタマーサービスを利用して届けられた「お褒めの言葉」は、オフィシャルに処理され、オフィシャルに評価されます

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「お褒めの言葉」をもらった後は、なんとなく上機嫌。お客さんを迎える声もはずむし、自分の仕事のやり方は間違っていなかったんだなという嬉しい確信も得られ、これからもいつも通り頑張ろうと思えます。

ロールケーキを食べながら「わざわざ書いてきてくれるなんて、嬉しいね」「これからも頑張ろうと思うよね」「染みるね」と、みんなで話しているのです。とても充実した、楽しいひととき。書いてくれたお客さんは、そんなわたしたちを想像できたでしょうか。公式に「お褒めの言葉」を届けることが、こんなにも働く人を幸せにするのか!と衝撃を受けたわたしは、「わたしも良くしてもらえた、と思ったら、"お褒め"を書こう」と決めました。

"お褒め"を書く

そんなある日、家族で食事に行きました。チェーン店の洋食レストランです。

わたしは"多くの人で賑わう/お客さんが次々入ってくるレストラン"というシチュエーションが苦手で「店員が注文を間違ってしまうのではないか」「料理の提供に時間がかかり、客が怒り出すのではないか」と不安を生成する癖があり、居ても立ってもいられないほど胸が苦しくなります。

そのレストランはまさに、わたしたちの後にもお客さんがどんどん入ってくるほど賑わっていました。もう少し空いている店にすれば良かった...と落ち込み始めた時です。スタッフの1人がスッと近づいて「もしお決まりでしたら」と注文伺いをしてくれました。

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そのスタッフ言葉遣いの、美しいこと!!!「ご注文は以上でよろしゅうございますか」と、大学生アルバイト(多分)の口から、嫌味なく出てきたことに驚きました。そのレストランでは、スタッフ全員の言葉遣いが本当に美しいのです。焼き立てのパンをサーブしてくれるのですが、取り違えのないように念を押して確認してくださるし、奥の客へサーブする時は手前の客に「前を失礼致します」と、気配りも忘れない。滞りなく提供される料理と接客への安心感から、いつの間にかわたしの不安はどこかへ消えてしまって、心からくつろいで食事を済ませることができました。

いや、それは当たり前だろうと思うかもしれません。わたしも当たり前だと思います。丁寧な言葉を話して、お客さんへ気配りをする。混雑を感じさせないほどスムーズにお食事が出てきて、滞りなくパンが焼かれ、適切なタイミングで食後のドリンクが提供される...当たり前のことが100点満点で提供されること。当たり前のサービスは、いつだってスタッフの教育と責任感に委ねられています。

帰宅して「これは"お褒め"案件だ」と、該当のレストランのホームページにある「お問い合わせ」フォームを開き、接客が行き届き大変気持ちよく過ごせた旨を書いて「また行きます」と締めくくりました。すると翌日、その店舗の店長から丁寧なお返事を頂きました。

この度はお忙しい中、温かいお言葉のメールを賜り大変恐縮でございます。
私共、接客サービス業においてこのようなお言葉を頂けるのは何よりの喜びでございます。早速スタッフ一同にも伝えさせて頂き、喜びを共有させて頂きます(メール一部抜粋)

わたしのメールは、あの店のスタッフにきっと届けられるのでしょう。あの日出勤だったスタッフは「これは僕のことを書いてくれているのかもしれない」と、ちょっと誇らしい気持ちになっているかも。わたしならなる。

サービス業という仕事

社会人1年目(アルバイトを入れたら大学1年生の頃)からサービス業に従事して、とにかく沢山の人と巡り会って来ましたが、本当に世の中色んな人がいます

攻撃的な人って、結構な数、います(わたしがたまたま客層の悪い場所で働いていた、という訳ではありません)。自分がサービスを提供される側だからと言って、提供する側の人間を奴隷かなにかと勘違いし、要求が通らないと相手の顔のつくりをけなしたり、放送禁止用語で罵倒してきたり。仕事上その攻撃からは逃れられません。

ホテルオークラ『橋本流』クレーム対応術―お客様の心をつかむ50のマニュアル

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クレーム対処の本、いっぱい出てるもんね。

そんな時いただく「お褒めの言葉」というのは、指先かじかむ寒い日にホッカイロを手渡してくれるような(書いている今日が暑い日なのでちょっとアレな例えですが、もし寒かったら嬉しいでしょ)嬉しさと有り難さが溢れ、宝物のような輝きを放ちます。暖を取る以外の価値があります。

「お褒めの言葉」は、ファンレターとは少し違います。どちらかというと"クレーム"と同等のものだと思います。「こんなことがあって、嫌だった。直して欲しい」というのが"クレーム"なら「こんなことがあって、良かった。ぜひ続けて欲しい」が"お褒め"です。これはフィードバックであり、要望です。すごく端的な例を出すと、「美味しい季節限定メニューが、お客様のご要望にお答えしてオールシーズン食べられるようになった」的なアレです。わたしはそのサービスが、これからも当たり前のように提供されることを期待しているのです。

もっと「お褒めの言葉」が一般的になればいいのに

何が言いたいのかというと、「お褒めの言葉」をもっと積極的に伝えていこう!!!とわたしは決めた!!ということ!!!嫌なことは怒りが原動力になるので「すぐにでも上に伝えてやるぞ」という気持ちになれますが、良かったことって「あ~良かった良かった」と自己完結しがちです。むしろ「ここ選んだ自分ナイス」くらいの感覚かも。

 
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それ!それを!お店の人に言ってくれ~~~!!!

 

その「良かった、ナイス」の気持ちをフィードバックしていこうぜ!!!

相手もハッピーになって、同等のクオリティを保とうとしてくれる。そしたら、こちらもハッピー。win-winというやつです。ヤッター!

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個人でやっているお店なら直接、チェーン店ならホームページの問い合わせフォームから。

 

もちろん「クレームがダメ」というんじゃありません。"クレーム"は大事です。相手が気づいていない問題点を解決できるチャンスかもしれません。でも、それと同じくらい「お褒めの言葉」も大事なんじゃないかなあと思うのです。"クレーム"は言ったことがあっても、「お褒めの言葉」を言ったことがないという人は、結構いるのでは...と推測します。

トイレが綺麗で当たり前、料理が美味しくて当たり前、接客が丁寧で当たり前、土日祝日大型連休営業して当たり前...その当たり前の実現のために、必死こいている全員の心を、「お褒めの言葉」は少しだけ救うことができます。何か良いことをしてもらったら「ありがとう、素晴らしいね、これからも頑張ってね」と自然に声をかけられるようにしたいな、と思います。わたしが嬉しかったから。

 

ジュリー下戸でした。ありがとうございました。