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ジュリー下戸の歌舞かれて東京

歌舞伎のイヤホンガイド解説員になるのが夢のイチ歌舞伎ファンが書いているブログ

巡業・松竹大歌舞伎を観てきました

こんにちは、ジュリー下戸です。

10月、市川猿之助丈と坂東巳之助丈がWキャストで全国津々浦々をまわる、通称「巡業」がスタートしました。26日の千穐楽宮城県仙台市での公演と聞き、思わず昼夜のチケットをおさえたわたし。演目は「獨道中五十三驛(ひとりたびこじゅうさんつぎ)」。

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市川猿之助丈といえば「ワンピース歌舞伎」のルフィ。巳之助丈といえば、ボンちゃん。主役ふたり以外も、ワンピース歌舞伎出演がほとんどで、巡業の筋書きの役者紹介にもワンピース出演時の写真が掲載されていました。シネマ歌舞伎から入ってきた人でも一目瞭然。親切すぎるでしょ...

というか、完全に「ワンピース歌舞伎から入ってきた人(ライク・ミー...)」を想定している。

【序幕】

伊勢参り帰りの弥次喜多コンビは、お寺で雛祭りのコスプレを楽しむ武家一家に遭遇。十二単を着てお雛様に扮する重の井姫(しげのいひめ)は、婚約者の家に渡す予定だっためちゃくちゃ大事なお宝「九重の印」をなくしてしまって結婚が延期になったところ。今がチャンスとばかりに、姫に絶賛片思い中の部下・水右衛門(みずえもん)が口説きにやってくるのだけれど、実はこいつこそがお宝を盗んだ本人。それに気づいたおじいちゃん・与惚兵衛(よそべえ)は、水右衛門に斬り殺されてしまう。重の井姫は弔いにと、与惚兵衛の遺体に十二単をかけてやる。与惚兵衛には娘と息子がおり、息子は行方しれず、娘・お袖は子供をひとりもうけていた。お袖は「父が死んだというのに弟は何してるんだろう」と嘆くが、安心してください、聞いてますよ。弟・与八郎(よはちろう)は父の死を知り、仇討ちを誓うのだった。

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春猿丈演じる「やらずのお萩」は、重の井姫が弔いに遺体にかけた十二単を持って行ってしまう女盗賊。とても粋でセクシーな姐さんなのです。白塗りでまったりとした首筋が最高に色っぽく、口を開けば「死人がいるのサ」「どれ...引っ剥がすか」などなど物騒なワードがぽんぽん飛び出す。

冷たい眼差しの姐さんでしたが、ここで突然どこからか「とざい、と~ざ~い~」の声。ここで姐さん真顔になり、いそいそと草履を脱ぐと、
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市川春猿にござりまする。口上をもって、申し上げ奉りまする」

突然舞台が中断し、お萩から「歌舞伎役者・市川春猿」に戻り、そして舞台に正座をすると、おもむろに口上を始めました。先程の「とざいとざい」という合図は、漢字で書くと「東西、東西」。「レディース・エーン・ジェントルメン!ボーイズ・エーン・ガールズ!」みたいな意味です。役者が口上を始めたり、何かお達しをするときに掛かるのですが、なぜか舞台真っ最中に掛かった掛け声、そして突然始まる口上。そして死んでいた与惚兵衛役の寿猿丈を叩き起こし、二人揃ってのご挨拶となります。「お客様の反応が熱ければ熱いほど、役者も頑張る。これがライブの醍醐味でございます」「澤瀉屋は年寄りといえど楽をさせてはもらえません」など、時々笑いを挟みながら口上は続きます。面白すぎます。
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「お宝もなくしちゃったし色々申し訳なさすぎるから出家したい」と言い出すような、健気な重の井姫(市川笑也丈)の手を引いて退場するところ、弥次さん喜多さんたちに茶化されていましたがわたしは本当に好きでした。右手どうしを繋いで、男性の左脇に挟んで歩く。すてき...とてもロマンチックだ。ふたりは恋人はないのだけれども

【二幕目】

お袖は夫の半次郎とともに、母のいる三河を訪れる。母は他界したと聞き、落ち込むお袖。しかし、宿を恵んでくれた寺に住む老婆を見てビックリ!死んだはずの母。...なわけはなく、実は中国で数千年悪事をはたらいていた猫のバケモノ。重の井姫の十二単はめぐりめぐって化け猫の手に渡り、半次郎との闘いで弱った化け猫は、十二単を纏って飛び去っていくのだった。

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お婆さん、実は猫のバケモノでしたー!!ということが分かったあと登場した、成人男性の背丈ほどもある猫。かわいいんだかおっかないんだか。ただ、真っ青な女の首と乳飲み子を鷲掴みにして暴れるさまは相当にグロテスクでした。

このシーンの前に、このお婆さんが猫のバケモノだというヒントがあります。それが「お婆さんの合図で猫が立って踊り出す」というものなのですけれど、猫のぬいぐるみが2体現れてマリオネットの要領で操られるのです。このぬいぐるみが、とってもかわいい。ちょうど成猫実物大くらいのぬいぐるみなのですが、それが立ってひょこひょこ踊る。歌川国芳の描く、踊る猫みたいに!!
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「浮かれ心中」のちゅう太然り、「阿弖流為」の熊子然り、歌舞伎の舞台には往々にして着ぐるみの動物が出てきます。中に人間が入っているから当然なんだけど、わざと動物になりきらないような動きをするので、擬人化されたようで楽しいです。動物が出てくる演目、もっと観たい!

猫のバケモノは、本来の姿を現し、十二単を纏って空へ飛び上がります。通常宙乗りは、客席上空を飛ぶものですが、東京エレクトロンホール宮城(を始めとする全国の劇場)ではその仕組みがありません。ですから今回は、舞台を上手から下手に向かって吊られながら飛んでいくというものでした。

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猫のバケモノは唐(=中国)からやってきたのだそうで、音楽もそこはかとなく中華っぽい。チカチカまたたくライトに、オリエンタルな音楽が流れる中、化け猫は真っ赤な舌を剥き出してゆったり飛んでいきます。不思議なことに、とても神々しいのです。さっきまで乳児を鷲掴みしていた憎むべき化け猫であるはずなのに、十二単のあでやかな美しさと醜い毛むくじゃらの姿のミスマッチ加減が癖になって、目が離せない。

歌舞伎には正と邪はなく、美と醜だけだ

「ビジネスマンへの歌舞伎案内」P.110

ビジネスマンへの歌舞伎案内 (NHK出版新書 446)

ビジネスマンへの歌舞伎案内 (NHK出版新書 446)

 

この化け猫こそ、歌舞伎の魅力そのものなのかもしれないな、と感じました。

【大詰】

お袖の弟・与八郎は、重の井姫がなくした九重の印をいつの間にか探し出し、小田原の道具屋に預けていた。が、盗んだ水右衛門がもうすぐ江戸にやってくる。その道具屋の息子・長吉は、与八郎にお宝を渡そうと店を抜け出し、行方しれずになってしまった。ここに、長吉のお家騒動が絡み、長吉の許嫁からただの通りすがりまで、どんどん人がやってきて(この、どんどんやってくる別の人々は全部で13人。これ全員ひとりで演じる。拵えもカツラも替えて!)、最後はうまいこと無事にお宝が重の井姫に返される。無事結婚できて良かったね、おしげちゃん!奔走した与八郎は働きを評価され「お父さんの仇討ちやってもいいよ」と許可(当時は仇討ちは許可制なのだ)をもらえる。がんばったね、与八郎!おしまい。

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早替りの13役、猿之助丈と巳之助丈の双方を観ることができたのですが、同じお役でも演じる役者によって雰囲気が異なり、本当に贅沢な思いをしたなという気持ちです。

猿之助丈の早替りで好きなのは「弁天小僧」「女房お六」。弁天小僧はルフィを彷彿とさせる、ザ・少年!40歳のはずなのに、本当に少年に見えます。それも、やんちゃなクソガキ。お六さんは、なんといっても家紋があしらわれた拵えがオシャレだし、女ひとりで敵をやっつけちゃう女暫みたいな場面もあり、腕っぷしの強い女性が好きなわたし大歓喜猿之助丈の女形を数種類見られましたが、弱々かわいい女の子より、女房や芸者の佇まいが好きです。

巳之助丈の早替りでは「土手の道哲」と「許嫁お関」が好き!道哲は坊主なんですが、白い褌一丁に、薄い(透けている)黒い羽織を羽織っているだけのラフさ。全身白塗りの美しさをこれでもかと見せつけてくれます。そして、床を踏み鳴らしての悪玉踊り!お面の裏についている棒を口にくわえる「くわえ面」をつけて踊ります。わたしは巳之助丈が踊っているのを見るのが大好きなので「こんなに踊ってくれるのかー!」と、完全に目がハートでした。一方の「お関」、猿之助丈が演じると「恋人にすてられ心を病んだ、あわれでかわいそうな娘」というかんじなんですが、巳之助丈のお関は「執着するあまり恋人に逃げられた、関わりたくないヤンデレガール」のように見えました。頭がおかしくなって、虚空を指差し「あれ、あれ、あれ...」と言うところ、目つきなども最高で、もう...ゾクゾクしました...

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最後の最後、褒められた与八郎が一瞬驚いたように顔を上げ、じわじわと喜びと達成感を噛み締めていく表情の変化にグッときました。13役の早替りをやり切ったあとの役者の笑顔...たまらなくなりますな。役と役者を混合するのはナンセンスかもしれませんが、早変わりという大役を務めあげた役者への労いの言葉のようにどうしても感じられてしまい、わたしは与八郎と主役2人に、心からの拍手を送りました。

早替りで大切なこと 

猿之助丈が「演劇界」のインタビューで早替りについて話していたことが、とても興味深かったです。

早替りでいちばん大切なのはチームワーク。一秒のズレが致命的なものになることもあります。そこを鮮やかに見せて、まったく違う人物になって出てくることは大事ですが、鮮やか過ぎてもいけないんです。どこかに自分らしさ、猿之助なら猿之助、巳之助なら巳之助というものが一本通っていなければまったく意味がない。違う人がやっていると思われないように、「またあの人が出てきた!」という楽しさが必要。だからわざとドタドタやることも早替りの技術のひとつで、役者としての自分と役としてのバランスを考えなければなりません。

演劇界2016年9月号 P.10「東西花形対談」

演劇界 2016年 09 月号 [雑誌]

演劇界 2016年 09 月号 [雑誌]

 

 早替りの中のひとつに「雷」があります。雷様は鬼の、言うなれば着ぐるみみたいのを着ています。だから顔も体も全く見えない。正直「これ本当に猿之助丈(or巳之助丈)が入っているのかな」と思わないでもない。でも、傘の後ろで確かに着替えているんですよね、その人が。

早変わりは「イリュージョン」ではないのですね。観ていても、どこで替え玉と入れ替わったとか、いま着替え中だなとか、分かるんです。それでも、中には本当に一瞬でパッと変わってしまうところもあり、今までじっと見入っていた観客が「今のどうやったの!?」「すごいすごい!」と歓声を上げ、拍手するので、会場がワッと湧きます。序幕の口上で春猿丈が言っていた「ライブの醍醐味」という言葉を思い出し、グッときました。

ハレの日

本当はもっとポイントポイントでキュンときたり泣けたり笑ったりゾッとしたりするところがあったのですが、長くなりすぎちゃうので感想はこの辺で終わらせようと思います。

さて、いつも東京にいるから忘れがちですが、毎月歌舞伎の公演をやっているのは歌舞伎座だけなのですよね。地方に住んでいたころ、歌舞伎なんて、伝統と不思議な文化に隠された都市伝説のような存在でした。自分の町に、その歌舞伎がやってくる。今でも大阪と博多では「船乗り込み」という、歌舞伎役者が東京から来たことを知らせるイベントが残っています。ハレの空気を、たまらない祝祭感を、歌舞伎は江戸から地方へ運びます。

歌舞伎座はいつだってお祭り。誰でも入って良いのです。現在だって花形役者が、梨園の外へ向けて手を伸ばしています。それは、息をするようにブログを更新する海老蔵丈の手かもしれないし、バラエティでニコニコしている松也丈の手かもしれません。そして、巡業もそのうちのひとつ。

あなたの町に歌舞伎が来たら、ぜひ観に行ってみてくださいね。

 

ジュリー下戸でした。ありがとうございました。