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ジュリー下戸の歌舞かれて東京

歌舞伎のイヤホンガイド解説員になるのが夢のイチ歌舞伎ファンが書いているブログ

シューカツ散々だったけどなんとかなった先輩の話

こんにちは、ジュリー下戸です。

就活シーズンですね。就活に関しては、いやな思い出しかありません。毎日毎日どこかの企業へエントリーして、毎日毎日どこかの企業からお祈りメールが届いていました。

だんだん「着たくもないリクルートスーツを着て、毎日こんなに頑張っているのに、なぜこんな目に...」と心がどんどんふさいでいくのが分かりました。起業をしたり、フリーランスの何かになろうという気はないくせに、リクスーの海に埋もれる自分が気持ち悪くて、今でいう「意識高い学生」だったわたしにとって、こんなにも自己承認欲求が満たされない日々はつらいものでした。

が、今わたしはなんとか企業へ就職をし、この春で社会人4年目になります。

「今まで一生懸命やってきたことが何一つ評価されない」と苦しんでいる、わたしと同じ思いをしている就活生に、アドバイスはできないけれど「わたしはなんとかなったよ」と伝えたい。そして、就職活動をあきらめないで、ただひとつかもしれないチャンスを逃さないでほしい。今回の記事は、「就活は散々だったけどなんとかなった先輩」の体験談です。

憧れの業界から門前払い、内定ゼロの恐怖

大学時代、マスコミに興味がありました。興味というか、文字を書くのが好きで、絵をかくのも写真を撮るのも好きで、それが集約されている「マスコミ」という世界には、自分に対する需要があると思い込んでいました。雑誌や本ってどうやって作っているのか知らないけれど、でも「記者」や「編集」ってかっこいい。何より、そう公言すると周囲から「あ~、"ぽい"ね!」と言われる。ほらね、わたしはそっちの世界に向いているのよ。高校を卒業して上京した時から、わたしはずっと、その具体性に欠ける夢を持ち続けていました。

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でも、夢見る動機に具体性がなかったとはいえ、その夢に向かって色々アクションは起こしました。

  • まず、勉強を頑張りました。
  • コミュニケーション能力と、大人と話す度胸を養いたくて、常連の多い古い居酒屋でホールスタッフとして3年間働きました。そこそこ評価もされていました。
  • 友人とWEBマガジンを作り、取材やライティングなどを経験しました。お店にアポをとってインタビューをしたり、イベントに参加してそのレポを書いたりしました。
  • マスコミ就職対策塾に通いました。奨学金で塾の会費を払い、面接や小論文、作文の練習をしました。塾長にくっついて、地元の有力者とお話(たわいもない)をする機会もありました。
  • サークルをつくる手伝いをしました。わたしはWEB担当として、ホームページ作りをして、ページのデザイン等も一任されていました。

塾はスパルタで、怒られることもありましたが、わたしは絶対マスコミに行くんだという思いで歯を食いしばって通っていました。

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それだけやってもだめでした。大手出版社は、面接までは進むものの1次や2次面接で落とされました。新聞社は、筆記試験すら通りませんでした。履歴書は推敲を重ね、塾の先生にもOKをもらったはずなのに、それすら「縁がなかった」と突っぱねられました。

理由は明らかで、おおよそ以下の3点に尽きます。

  1. 動機が不明瞭。「なんとなくなりたい」だけで就職しようという意識が愚か。
  2. やりたいことが明確でない。だって、動機があいまいなんだもの。ふわふわ。
  3. すべて中途半端。上記にある「がんばったこと」、手広く手を出しておいて、自分の身になったものってほんのわずか。それも、ありきたり。

今のわたしなら分かる。今のわたしなら、当時のわたしに「お前はこうだから必要とされていない」と言ってあげられる。でも、当時は「どうしてこんなにやってきたのに内定がもらえないの?」と絶望しきっていました。

絶望しはじめたころから、わたしの就職活動は見境がなくなりました。

雑貨屋チェーン、製薬会社、家具屋...ホームページを見ても、何をする会社なのか全く理解できない程度に興味がない会社にも、とにかくエントリーしました。わたしの目的はただひとつ、「内定を1つとる」。入社する/しないは、二の次でした。内定が1つもない状況が恐ろしすぎたのです。わたしは社会に必要されていないのだ、と実感しました。この時点で、4年生の7月。

夏を迎えても内定をもってこない娘を心配して、会社でもピラミッドの2、3番目にいる父が「お父さんの会社には入れてあげられないけど、下請けとかなら口きいてあげられるかもしれないよ」と言ってくることもありました。父に余計な仕事をさせたくないのと、わたしのぼろ雑巾みたいになったプライドのかけらが邪魔して、その提案は却下。遠くに住んでいる両親は、就活に対してプレッシャーをかけることこそしませんでしたが、どんどん顔が暗くなる娘を思って「定年までまだ時間はあるから、もう少し脛をかじってもいいよ」とまで言いました。わたしはふがいなくて、毎晩ひとりで泣きました。

「楽しかったこと」を仕事にする決意

夏のある日、わたしはまた、さして興味のない会社の説明会に行きました。そのときのわたしは「興味のある会社」すべてから断られた身であり、もう残っている会社は「行きたいと思ったことが1度もない会社」のみ。そのどこに自分が就職しようが、もうどうでも良かったのです。でも、そんな気持ちで受けた面接など、受かるわけがありません。

駅のホームの椅子に座りながら、「本当にわたしはやりたいことがないのだろうか」と考えました。そういえば、マスコミを諦めてからあまり考えたことなかったけど、わたしの好きなものって、得意なことって、ワクワクすることって、なんだっけ

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(そういえば、わたしは写真が好きだ。大学のときは、飲み会のたびに写真を撮って、それをプリントして、その人が写っている写真を封筒に入れて、その人の下駄箱にラブレターのように忍ばせるのが好きだった。みんながロッカーにマグネットで写真を貼ったり手帳に挟んだりしているのを見ると、いいもんだなあと思ったものだった。)

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今まで、思いもよらなかったことでした。本当に、趣味と呼ぶのもどうかと言うくらい「やってて楽しい」だけのことだったのです。でも、写真屋さんの仕事内容って、なんとなく分かります。七五三を撮りに行ったときの写真は今でも実家にあるし、写真のプリントをお願いするのは最近だってよくやっている。

さっそく、その日のうちにインターネットで写真屋さんを調べ、まだ採用活動を行っていると思われる会社を見つけ、メールを送りました。「まだ間に合いますか?」と、藁にもすがる思いで。写真、得意でもなんでもないけど、でもかかわっていると楽しかったので、図々しいんですが、そこで働かせていただけませんか。

その会社は、もうとっくに会社説明会も終えて、ある程度の内定者を決めているところでした。そう前置きしたうえで、人事部の方は「とりあえず履歴書を送ってください」と言ってくれました。もう塾にも行っていなかったので、誰にも見てもらうことができませんでしたが、一生懸命履歴書を書き、お手紙も入れて、ポストに投函しました。

結論から言うと、わたしはそこの会社に内定を頂き、今も働いています。

会社にあわせられなかったわたしを選んでくれた会社

「就職活動は恋愛と似ている」とは、よく言ったものです。

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相手が好きそうな容姿、キャラクターを演じても、結局バレてしまっては「ご縁がなかった」と言ってフラれてしまうのです。ひととおりフラれきったわたしは、もう演じるのはまっぴらよ!!と思うようになりました。お気づきの通り、わたしは真面目なだけで融通のきかないクズです。クズを取り繕うのはもう無理。こうなったら素のわたしで勝負して「そんなキミが好きだよ」と言ってくれる相手に出会うほかあるまい

演じていたわたしは、うすっぺらい志望動機と、うさんくさい将来のビジョンを語る、でも根が真面目だから嘘をつききることができずボロが出てしまう、気持ちの悪い就活生でした。でも、吹っ切れたわたしは違います。できないこと、苦手なこと、いっぱいあります。けれど、好きなこと、ワクワクすることもあれこれあります。だから、ここで頑張りたいんです。雇っていただけたら、わたし、うまくやれるか分からないけど、精一杯頑張りますから

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「私服で来て」と言われたので、ほんとにほんとの私服で行きました。職場は、みんなポロシャツに黒いパンツを履いて働く場所だったので、きっとオフィスカジュアルのセンスより、人柄が見たくて私服を指定しているのだろうと思いました。真夏だったので、さわやかなボーダーのTシャツを着ていきました。お気に入りの服を着て、肩の力を抜き、自分の好きなものについて語りました。

今回の面接では、わたしはいきいきとしていました。

  • 勉強をしっかりしていたので、安心されました。
  • アルバイト先で大人とたくさん接してきたので、臆することなくユーモアを交えて話ができました。
  • マスコミに行きたくて塾で作文をたくさん書いていたので、頭の中で質問をよく理解して、的を得た返事をしっかり返すことができました。
  • WEBに強かったので、「パソコン作業があるけど大丈夫?」という質問に即答でYESと答えられ、その根拠としてホームページを作った話をしたら信頼されました。

今までやってきたこと、わたしが身に着けてきたことが、活きている。それに背中を押されるように、自分がここで頑張りたいのだというしっかりした意志を、飾らない言葉で言えた。面接中に何度もそれを実感して、なんとなく「わたしはここにご縁があるのかもしれない」と思いました。そして、実際そうでした。

面接をやる側になって気づいたこと

会社にもよると思いますが、少なくともわたしの会社は、がちがちに完璧な人間よりも、愛嬌があって、みんなと一緒にがんばれそうな人間の方が好まれました。面接をする側になって分かるのですが、「一緒に働きたい」と思える人かどうかがなんだかんだ一番の決め手になるのですね。

一言一句間違わずにすばらしい志望動機を並べ立てるより、噛み噛みでもいいから、自分の言葉でものを言える人の方が絶対に強い。就活関連の「よくある面接質問集」に載っていない変化球がきたときに、その場で自分の頭で考えられるかどうか。よく重視される「コミュニケーション能力」って、相手の質問をその場で理解してそれに答える技術のことなんだと思います。

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せっかく覚えてきたであろう自己PRがとんでしまって目を白黒させてしまったり、質問に対して全く違う答え(用意してきたもの)を出してしまったり、それはコミュニケーションじゃないよね。わたしと話をしようよ。持ってるカードを読むんじゃなくて、あなたの考えを聞かせてよ。何が好きで、何を頑張ってくれるのか、知りたいな。

リクルートスーツを脱ぎ、いきいきと自分の言葉で話せるようになったわたしは、気づいたら「面接官が知りたいこと」をしっかりと答えられるようになっていたのですね。そして、わたしの意見と相手の理想が多少なりともマッチしたので、わたしはめでたく「わたしたちはあなたと一緒に働きたいと思います」という言葉を頂くことができました。

「好きなことを仕事にするのが怖い」という言葉、よく聞きます。嫌いになってしまったらどうしようって。それで、全く好きでもない会社にエントリーして、そこで働いている人もいます。好きなもののために辛くても頑張る、というスタイル。それもアリだと思いますし、立派ですし、そういう人多いです。

でも、「好きでもないという気持ちがダダ漏れのあまり仕事にありつけない」というくらいなら、思い切って「好きなことを仕事にする」という選択肢を検討してみてはいかがでしょうか。好きなことを話しているあなたはサイコーにキラキラするはずだし、きっととても魅力的に写ると思います。「そんなあなたと一緒に働きたい」と思わせるきらめきを、「好き」という気持ちは与えてくれます。

そして当たり前のことだけど、内定はゴールじゃありませんから、働いてみて気づくこともたくさんあります。いいことも、悪いこともです。でも、わたしは社会人になって良かったと思います。学生の時より、毎日楽しいです。

 みんなの就職活動がうまくいきますように!

ジュリー下戸でした。ありがとうございました。

後日談

リクルートスーツを破く

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リクルートスーツにいやな思い出がありすぎて、内定を頂いた翌日に、はさみでズタズタに切り刻みました。清々しました。

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マネージャー「仕事でスーツを着る機会なんてないから、リクルートスーツでいいよ^^」

ジュリー「」

 

■心の調子を壊す

就活ガンバ!という記事を書いたくせに、実は社会人3年目、精神がすっかり参ってしまいました。現在は回復して、平社員としてせっせと働いています。先日、また管理職をやらないかと相談されたので、検討中。同じ過ちは犯すまいぞ!!