ジュリー下戸の歌舞かれて東京

歌舞伎のイヤホンガイド解説員になるのが夢のイチ歌舞伎ファンが書いているブログ

心のこわしかた《後編》

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前編を書いたのちまた体調が優れなくなり、また感情失禁みたいなことになっておいおい泣いたりしたのですが、落ち着いたので再開します。以下、心が荒んでいたことが分かるツイート群。

わたしなりに明るく過ごしていたいのに、感情のコントロールがおっつかず、ひとりでパニックになりながら泣いている状態が数日続きました。

追い打ちをかけた出来事がありました。職場のスタッフが3人で何かを話し込んでいるのを見つけたのです。うち一人は上司だったので、まあ、お店に関する何かしらの問題を解決するべく話し合っていたか、事情を聞くかしていたのでしょう。

わたしは今まで上司の立場にいたので、報告はすべて上がってきていました。「あれは一体何の話し合いなのか」と不安になることはなかった。ただ、現在わたしはただの平社員。あの話し合いが雑談なのか、それとも深刻な問題解決のためのミーティングなのかは分かりません。ただひとつハッキリしていることは、この話し合いにわたしはお呼びでないということだけ。そこに「議題はわたし」である可能性を見出してしまい、帰りの電車から動悸がひどくなっていきました。

このような具合です。そう考えてしまうことは仕方ないとしても、そのあと家でパニックになった結果「泣きたくないよお~~~(?)」と叫びながら号泣するという点は話が別です。他者に迷惑をかけすぎです。彼氏はもはやわたしの介護士と化し、じっと話を聞き、背中をさすったり、白湯を勧めたりしてわたしの気持ちを落ち着かそうとしてくれました。そうしてくれる気持ちが嬉しいのと、自分が情けないのとで、また涙が止まらなくなるのでした。

どうしてこうなった

日常生活を送るにあたって、いつも「またパニックになったらどうしよう」という不安に取りつかれるようになってしまいました。落ち着いている時間に、一体どうしてこんなまでになってしまったのか?ということを考えるようになりました。「どうすれば良かったのか」と言い換えてもいいですね。聞いたり調べたりした結果、わたしにあった大きな問題点が4つ見つかりました。
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■調べすぎた
情報を吸収しすぎて、つけなくてもいい知識ばかり増えていきました。風邪からくる胃痛かもしれないのに、「ストレスに違いない」と決めつけ「ストレスが体に出てきた」とさらに落ち込み、胃痛がさっぱり治らないまま過ぎたり、「うつ病かも?チェックリスト」や「自律神経失調症診断」などをやってみては「カウンセリングを受けましょう」「専門医の診断をお勧めします」等のアドバイスをもらい、ああやっぱりわたしは精神を病んでいるのだ、心の病気なのだ、と虚しくなって涙が出たりするのでした。
よけいな情報を流し込んで、それに溺れて、さらにパニックに陥って、安心させるためにまたインターネットを開いて...の繰り返し。じっと黙って自分と向き合い、専門家のもとへ早めに足を運んでおけば良かったのかもしれません。
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■「これくらいみんな我慢している」と思い込んだ
ストレス社会です。わたしはこんなに打ちひしがれているけれど、世の中の人たちは同じくらいか、下手したらもっと強いストレスを受けているかもしれない、それでも今日も前を向いて頑張っているかもしれない。みんな「仕事いやだ」「死にたい」と言っているじゃないか。むしろ、小さい会社ながら定職に就き、少額ながら賞与ももらえ、入社して数年でキャリアアップのチャンスを与えられ、わたしはこんなにも恵まれている。だというのに、わたしときたら...。
同じ仕事をしていて、こんなに心を弱めているのはわたしだけ。それは、わたしに非があるということに他ならないのではないか。その思いは、どんどん自己評価を下げ、わたしを評価してくれる人間への不信を招きました。「こんなわたしを持ち上げるなんて、何か裏があるに違いない」と思うこともありますし「こんなに褒められているのに、実力が伴わない惨めなわたし」と悲しくなるときもあります。何かおかしいのか、わたしの性格なのか、分かりません。
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■積極的にネガティブな言葉を口にした
「死んだら楽かなあ」「死にたいなあ」「みんな早くわたしを見捨てないかなあ」等、心の底から思っているのかどうかも怪しいネガティブな言葉を、無意識ではありますが積極的に発していました。これが良くなくて、ふと我に返った時のショックもまたつらい。
ここで厄介なのは「かまって欲しいから発する愚痴」とは違うということ。かまってもらって優しい言葉をかけられると、ふと「なんてことを言ってしまったんだろう」と自己嫌悪に陥るのです。二進も三進もいきません。
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■せっかく心配されたのに「大丈夫です」と言い張った
これは、本当に自分でもどうしてこうなってしまったのか分からないのですが、せっかく上の人が「最近元気がないようだけど、大丈夫?」と気を使ってくれても「はい!!大丈夫です!!お陰様で元気にやっています!!」と(自分なりに)はつらつと答えてしまう癖があるのです。周りは何も悪くなくて、自分の心が弱いせいなのに、「大丈夫じゃないです」と答えたのち、どう話を展開していけばいいのか。誰かのせい、何かのせいにしてしまえば楽だろうけど、みんなとても良くしてくれるのにそんなことできません。結局「大丈夫」と言い張り続け、ある日店で号泣(前編参照)するに至ったのですからタチが悪い。大丈夫じゃないときに大丈夫と言ってしまう、このおかしな癖にはずいぶん苦しんでいます。
 

いま、これから

最近のこと。ある日の朝、彼氏に「歯ぎしりしていたよ」と言われました。今まで、そんなことを言われたことがなかったので、心底驚きました。どうやら毎晩そんな感じらしく、顎が痛むようになってきました。
また、寝言で「いらっしゃいませ!」「かしこまりました!」「承知いたしました!」と絶叫してジタバタしたりと、一緒に寝ている彼氏の眠りを妨げるような事態になっています。
管理職の荷をおろせば、ストレスから開放されると思っていました。でも、そうではなかった。そんなに簡単なものではなかったようです。
 
毎日毎日泣いていた一時期と比べ、多少楽な気持ちになる日もあるこの頃。それでも、耐えきれなくてくじける時もあります。
先日、浅草公会堂で、フォロワーの方に声をかけて頂いたのですが、そのときに手をぎゅっと握って「わたし、最近運がいいの。分けてあげる」と言われました。その手の温かさに、心が解けていく感じがして、思わずボロボロと泣いてしまいました。嬉しいのか、悲しいのか、安心したのか自分でもよく分かりませんでした(驚かせてしまってごめんなさい...)。でも、「ああ、味方がいる」という気づきは、わたしにとってとても大切なものでした。
 
もちろん、外的なストレスもあったと思います。でも、実のところ「自ら生み出したストレス」というものもずいぶんわたしに影響を及ぼしている気がしてなりません。「そんなこと気にするな」ということをひとつひとつすくい上げては、もうだめだと全身全霊で落ち込んでいく。もうそれが癖になって抜けなくて、自分の首を締め続けています。
もう、自分で自分を苦しめるのはやめたい。
ずっと怖くて、薬なんか飲もうものならやめられなくなりそうで踏み出せなかったけれど、専門医に相談をした方がいいのだろうなあ。もう遅いかもしれないけれど。
先生、わたし、自分で自分の心をこわしてしまいました。
 
《おわり》